医学と医療の2つの領域に携わってきた(東北大学医学部長の後、宮城県ガンセンター総長を経て現在、宮城県病院事業管理者)著者の久道茂氏が、『国家の品格 (新潮新書)』に感銘を受け、わが国の医学・医療を取り巻く品格の喪失、自信と誇りを失った医療関係者が品格をどうしたら取り戻せるか?医療界における「品格論」を考える材料として本書を位置づけたい。

医学・医療の品格 (薬事日報新書 (24))

医学・医療の品格 (薬事日報新書 (24))


<読書メモ>

○医療サービス効果の限界
・あるがん検診については毎年受診と2年に1度の場合とでは、効果はあまり変わらない。


○医療の質低下の原因
・日本では人口あたりの病床数が多すぎて、その結果、病床当りの医師・看護師数が先進国に比べて遥かに少ない。
人口1000人当りの医師数

日本 2.2人
ドイツ 3.4人
フランス 3.4人
イギリス 2.2人
アメリ 2.3人

病床100床当りの医師数

日本 15.6人
ドイツ 39.6人
フランス 35.2人
イギリス 43.9人
アメリ 77.8人

人口1000人当りの病床数

日本 16.5
ドイツ 8.9
フランス 7.7
イギリス 4.2
アメリ 3.3

・医師の地域偏在、診療科偏在が著しく、地方では必要な医療を受けられていない。
 →医師の専門診療科とその配置の適正化の為の計画的な医師養成を怠ったツケ
・全国の医師数が2015年以降は過剰と判断(厚労省研究班の推計)
→2015年には28万人、2035年には33万人で以降は一定となり、1980年から2002年の患者数を基に必要な医師数を算出すると2015年には28万人となる為、それ以降は医師数が必要数を上回る。
・全国の100床以下の病院では8割が標欠病院(最低限の条件である医療法上の医師定員を満たしていない病院)
 →平成18年3月までは医師充足率が60%を下回ると診療報酬が12%カット
  改正健康保険法の施行により、平成18年4月以降は充足率が70%に引き上げられ、下回ると2%カット


○医療の質とは(米国・医療の質委員会の規定)
1.医療事故による障害がないこと
2.現在の医学知識を繁栄した最善の医療サービスを提供すること
3.患者個々人の価値観と期待に適合する医療サービスを提供すること
・医療の質の評価は医療技術・診療のレベル(手術成功率、治癒率、正診率、術後生存率、院内死亡率、再入院率、術後合併症発症率など)が中心になるべき。


○階級区別の無い医師資格
建築士には建築士法で1級、2級、木造建築士の3級があるが、医師は医師国家試験に合格すれで麻酔医以外は、どの診療科でも標榜が可能
 →麻酔医はきわめて専門性が高く、厚労省が認めた資格名として麻酔科「標榜医」がある


○医療経営と市場経済主義
・医療法第7条で、医業が営利を目的として行われることを禁止。
・医療法第54条で、医療法人は剰余金の配当をしてはならないと明記。
医師法第19条で、診療に従事する医師は、診療治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならないとある。
 →これを逆手に診療報酬未払いの常習患者がいる為、病院決算では必ず未集金が発生する
・医療の中には不採算医療(結核感染症医療、へき地医療、救急救命医療、災害医療、高度専門医療、精神科医療)という政策医療が存在する
 →自治体の病院事業は赤字でもやらざるを得ない為、昭和27年に地方公営企業法により自治体の一般会計で負担(義務的負担金)し、病院では診療報酬では無いので「医業外収益」に計上される。
 →自治体病院内部留保資金が底をつくと、自治体の税金か補填されるが、自治体の財政が苦しくなれば、市中銀行から長期借入、そして短期借入となり自転車操業となる。結果、不良債務扱いとなり、その額がその年の医業収入の10%を超えると起債(国への借金)できなくなり、破綻・身売りとなる。
自治体立優良病院総務大臣表彰を受けれる条件が、6年連続黒字決算。
 →黒字だと予算獲得交渉が格段に楽になり、最新医療機器の導入、人員増等により医療の質が上がる。
・6つの国立医療機関(国立がんセンター、国立循環器病センター、国立成育医療センター、国立精神・神経センター、国立国際医療センター、国立身体障害者リハビリセンター)を平成22年に独立行政法人化へ転換し、公務員型の独立行政法人機構を非公務員型へ転換。(平成17年12月24日閣議決定)
 →国民医療費の総額から個々の医療費(全国一律)に至るまで、国がコントロールしている最も厳格な市場統制経済である日本の医療に、需要と供給の原理だけで成り立つとする市場経済主義はなじまない。


○医療の特徴
・「情報の非対称性」:患者と医師とで持っている情報が決定的に違う
・「不確実性」:殆どの医療は不確実性のもとで判断され実行されている


○患者の権利
・「ヒポクラテスの誓い」:医師が何よりも先に患者に対して責任を負っていることを宣言
  最初に神々への誓い、次に師弟関係の約束事、そして患者のことが出てくる。
・「ナイチンゲールの誓い」:4条からなり、最初に「紙に誓わん」となっている。
  ナイチンゲールが作ったのでは無く1894年に米ファラン看護学校の看護委員会が「ヒポクラテスの誓い」を基に作成
・「ジュネーブ宣言」:1947年世界医師会総会で宣言。神の名は出てこない。
・「医師の倫理」:1951年に日本医師会が作成。
・「患者の権利章典」:1973年米病院協会が発表。12項目に渡り患者の権利が記載されている。
・「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」:1981年世界医師会総会(1995年修正)
医学的研究に関する取り決め
・「ニュールンベルク綱領」:1947年
・「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則(ヘルシンキ宣言)」:1964年ヘルシンキでの第18回WMA総会で採択。(2000年エジンバラでの第52回総会で修正)
  序言9項目、基本原則23項目。
・「生命倫理と人権に関する世界宣言」:2005年10月19日、ユネスコ(国債連合教育科学文化機構)の第33回総会で採択。
  単に医学の倫理に留めず、文化の多様性と多元主義の尊重、未来世代の保護等、生命倫理を政治社会において考慮されることが期待されている。


○病院職員は過労状態
・病院は「女男共同参画社会」
 →宮城県立3病院の職員数755名の内、女性職員は584名(72.8%)。看護師は三交代制。
・平成17年の宮城県立3病院の職員1人当り年休取得時間の平均は61.8時間。医師は医局所属は平均29.5時間、外来勤務は平均100時間。
・ある件の産婦人科医師の場合、1日外来40人、入院5人、3日に1回出産で月の休暇は2日のみ。
・病棟の看護師は複数の主治医から指示を受ける「マルチボスシステム」であり、ストレスは並大抵でない。


○大学医学部・附属病院の役割
・国内の82大学医学部・医科大学(国立は42)には必ず附属病院があり、臨床各科に1人以上の教授がいる。
 →東北大医学部の卒業生の内10%は、どこかの医科系教授に就任。東大は30%以上。
・全国約9200病院数の内、大学病院は2%に過ぎないが病床数は5%以上を占め、医師数は25%を占める。


医師不足の原因
医療の高度化:
  専門の知識と技術が必要になり、医師数も必要となる
  放射線診断機器の目覚しい進歩と放射線治療専門の教授を配置している大学が少ない。
大学医局の弱体化:
  平成16年度から開始された卒後臨床研修必修化により、医局主任教授の人事権が喪失。
  有力民間病院に多くの研修医を取られ、やむをえず関連病院から派遣医師を引き上げることとなり、地方病院の医師不足が深刻化。
診療科の偏在:
  医師は自由に診療科を選べる為、収入、労働の負荷、職場場所、将来性、自由度、訴訟の多さ、危険性を理由に選ぶ。麻酔医、小児科医、産婦人科医が少ない中、心臓外科医は必要数の10倍、肺癌外科医は3倍いる。
  医学部の定員数を増やしても対応は困難であり、医師の適切な配置が重要
地域偏在:
  医師が勤めてもいいとなる地域は地方でも新幹線停車駅。
  全国の平均医師数は人口10万対212人。宮城県は201人であるが、政令指定都市の仙台医療権は東京並みの305人、仙台北隣の医療圏(黒川医療圏)では96人と仙台以外は医師過疎地。
医療費抑制策が地方病院を廃止に追い込む:
  地方の自治体病院は不採算医療・政策医療を担当せざるをえず、全国一律に診療報酬点数を減額したり、交付税額の算出基準を変更され、医師不足による医業収入の減少で、経営が悪化し、医師不足に拍車がかかり悪循環となっている。
出身地へ帰る医学生の増加:
  東北地方の大学では、臨床研修を地元で受ける「地元定着率」が5年間で、50%→30%に低下
医師も患者も専門医志向:
  一般医は専門医に比べて格下と見られがちである為、狭い領域に特化した診療しかできない専門医が増え、医師不足感が増す。
過重労働と訴訟の多さ:
  不確実性の世界てある医療に対し、患者は完璧・確実性を求めるので、リスクの高い産科、小児科、麻酔科の診療科を医師が避けてしまい、診療科の偏在が起こる。
患者が多すぎる:
  欧米に比べ、患者と病床数が極端に多すぎる。
  最も医療費を使い、患者数が最も多く死亡者数が多い生活習慣病は、その半分は予防が可能。
ミニ総合病院を作りすぎた:
  民主主義が医師不足を促進。首長候補者が医療の充実を公約に当選し、自治体毎にミニ総合病院を建設した。
  宮城県北部の8つの町からなる郡では、人口8万人程度に対し5つの町立ミニ総合病院と1診療所がある。


○様々な医師不足解決策
・診療科限定の修学資金制度:小児科・麻酔科限定の就学資金による医師確保対策(W県、年2500万円)
・こころのレスキュー隊設置:(W県、年200万円)
・ドクターヘリ運営:(N県、年5600万円)
・治験医療環境づくり事業:(N県、400万円)
・ドクターバンク制度:県で医師を採用し、2年間の地方勤務と1年間の自由研修をセットで運用(M県)
医学生への高額奨学金制度:月20万円を給付し貸与機関と同年数を勤務することで変換不要(M県)
医学生への就学一時金貸与制度:1人入学金760万円、3年間勤務で全額返還免除
・過剰勤務の解消:当直の翌日の外来を休診にし、医師に休暇を与える。
  住民は休診になって初めて事の重大さに気づく
・大学に地域医療システム学講座を設置:寄附講座(3年限定)の設置事業(M県、4000万円)
  大学が地域医療政策を考察することで、病院再編成の指導的役割の発揮を期待
・地域医療医師登録紹介事業:(M県、60万円)
・県の行政組織の新設:保健福祉部内に医療健康局長(部長級・医師)、医療整備課に医療対策専門監(課長級・事務)を新設(M県)
・大学の医師要請講座機能と医師派遣機能の強化と新設:
  T大学地域貢献検討委員会の発足、地域医療教育センター、地域医療支援機関の設置。
  大学病院救命救急センター運営に救急医師養成を委託(M県、年4000万円)
・医師の一定年限の地方勤務、特定診療科勤務を義務化:
  国公立大卒業医師に対し、1〜2年間の地方勤務、特定診療科勤務を義務付け
  →厚労省「医師の需給に関する検討会」にて議論されているが賛意は得られていない
・へき地医療、救急医療等の診療経験を病院の管理者要件:
  →厚労省社会保障審議会医療部会で議論され、18年度国会に提出、平成20年度から実施という計画を描いたが、意見を集約できずに終わった
都道府県の医師需給の適正化と保健医登録の調整:
  →厚労省「医療計画の見直し等に関する検討会」で議論された
医学生の定員増と地域枠の設定:
  厚労省の検討会で一部大学医学部の定員増の検討が必要と提言。学生募集枠の中に地域枠を設ける
・女性医学生の割合を考慮して学生枠を増加:
自治医科大生の義務年限を延長:
  自治医科大修学資金貸与規定第7条の義務年限は修学期間の2/3に相当する期間(9年間)を2/4(12年間)に改定
  →全国知事会などで合意を得る必要かある
・防衛医官の地域病院での臨床研修:(18年度よりM県O市民病院で実施)
  防衛医官は医療対象の大半(全国17自衛隊関連病院の内13箇所)が自衛官とその家族に限られ、臨床経験不足が課題
・若い医師に対する地域住民の暖かい対応:
医師不足診療科の医師給料を市場経済主義に基づき決定:
  →医師の人材指示用がビジネスとして離陸した
・地位医療の連携強化:M県方式
  複数の急性期病院がコアになり「地域連携クリティカルパス」を作成
・病院の再編成:
  Y県O地区、「サテライト医療施設方式」(1県2市2町による広域病院組合)
  →300億円で総合病院を設立し、周辺病院の機能を集中し、サテライト病院では病床数減と外来に特化。手術、検査を1ヵ所で実施。
  異なる自治体間による再編は難しく、住民の既得権意識にも配慮せねばならず、最終的に調整が付かず、全面的に民間移譲となってしまうケースもある。
・特定診療科医師の適正配置、再編成(集約化):
  病院はそのままで特定の診療科を集約化し適正配置を行う。
自治体から大学への医師派遣支援金(良医育成基金)構想:
  地方財政再建促進措置法の政令一部改正による「地方自治体から国への寄付行為の緩和措置」の活用
・医師数と外来患者数から逆算して医療法で定める標準医師数を満たす病床数を割り出す:
  医師法第21条第1項第1号、施行規則第19条第1項第1号(精神科、耳鼻科、眼科を除く)
   (1日当り平均入院患者数)+(1日当り平均外来患者数÷2.5)=Aとして
   標準医師数={3(A−52)÷16}の式で算出する
  例えばM県O市民病院ネットワークのサテライト病院は従来115床だったが、この計算式で算出し70床とした。科学的根拠に基づき元町民を納得させた。
・大学と地域病院、行政が一体となった「医師育成機構」の設置:
  東北大医学系研究科・伊藤恒敏教授が提案。
  専門医の育成を軸に、地域で総合診療もできる意思を15〜20年かけて育てる体制を構築し、医師に多様なキャリアパスを準備し、専門医、総合診療医としての技量を磨ける環境を整える。


『医学・医療の品格』 久道茂著 薬事日報新書24 2006年9月1日第1刷発行 1200円